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横浜地方裁判所 平成8年(ワ)4404号 判決

原告 小田美子

原告 加藤秋夫

原告 加藤美枝子

右三名訴訟代理人弁護士 高木一彦

同 平和元

同 河邊雅浩

同 中野直樹

被告 神奈川県

右代表者知事 岡崎洋

右訴訟代理人弁護士 岡昭吉

右指定代理人 齋藤光弘

同 小宮芳男

同 佐藤邦夫

同 水内康人

同 倉野知子

同 江崎夏雄

同 関充

同 佐川友宏

同 山本喜徳

同 内田義弘

被告 城山町

右代表者町長 加藤正彦

右訴訟代理人弁護士 谷口隆良

右訴訟復代理人弁護士 畠山晃

右訴訟代理人弁護士 谷口優子

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一請求

被告らは各自、原告小田美子に対し金一億三一四〇万〇五〇〇円、原告加藤秋夫に対し金一〇六二万〇五〇〇円、原告加藤美枝子に対し金一〇六二万〇五〇〇円、及び右各金員に対する平成九年二月五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、居住建物の後背地に建設残土が積み上げられ、その土砂が崩壊ないし流出する危険がある等として、右後背地等につき農地法五条の許可をし、あるいはその取消し等をしない神奈川県知事の行為及び右許可に関し進達をした城山町農業委員会の行為等が違法であるとして、被告神奈川県及び同城山町に対し、国家賠償法に基づき損害賠償を求めた事案である。

第三当事者の主張

一  請求原因

1  残土崩落事故等の発生

(一) 原告小田美子(以下「原告美子」という。)は、昭和四四年ころから、別紙図面(一)記載のとおりの位置関係にある別紙物件目録一1ないし3記載の土地(以上を併せて「本件各土地」ということがあり、またこれらを地番のみで表示することがある。)及び同所七九七番の四の土地上に存する同目録一4記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有している。原告加藤美枝子(以下「原告美枝子」という。)は原告美子の娘であり、原告加藤秋夫(以下「原告秋夫」という。)は原告美枝子の夫であるが、原告秋夫・同美枝子は昭和五四年ころから本件建物で原告美子と同居し、七九七番一及び七九七番五の各土地を耕作地として利用していた。

ところで、別紙物件目録二1・2記載の各土地(以下「第一次転用地」という。)と本件各土地との位置関係は概ね別紙図面(一)記載のとおりであり、第一次転用地は別紙図面(二)記載のとおり本件各土地に隣接する里山の一部であるが、有限会社巽産業(以下「巽産業」という。)の代表取締役吉澤保は、平成三年五月ころから第一次転用地へトラック等により建設残土を投棄し始め、その結果、雨の影響等もあってか、同年八月八日、右残土が崩落して、別紙図面(二)記載のとおり本件各土地の一部に侵入し、その結果原告らは、他の場所への転居を余儀なくされた。

(二) そこで、巽産業(代表取締役吉澤保)は、本件各土地への更なる残土崩落を防ぐため、平成四年ころ、本件各土地と第一次転用地の間に、H鋼と鉄板により、防護柵(擁壁)を設ける等の工事をしたが、右崩落の危険はなお継続し、原告らは本件建物に戻ることはできない。

2  被告らの違法原因

(一) 被告神奈川県

(1)  第一次転用地への農地法五条の許可の違法

イ 七九九番及び八〇〇番一の各土地(第一次転用地)の所有名義人であった齋藤文吾は、日成建設株式会社(代表取締役大島竹一)を譲受人として、共同して昭和六二年一二月二一日、被告城山町の機関である城山町農業委員会(以下「農業委員会」ということがある。)を通じて被告神奈川県の機関である神奈川県知事(以下「知事」ということがある。)に対し、右各土地(第一次転用地)につき、概ね左記内容の農地法五条の許可申請をなし、これを受けた知事は、昭和六三年八月二六日、右申請を許可した。

<1> 許可を受けようとする土地の地目・利用状況等 七九九番 畑(現況山林) 一三七一平方米 八〇〇番一畑(現況梅林)五三一五平方メートルいずれも市街化調整区域、農用地区域外

<2> 転用の目的 資材置場及び駐車場

<3> 事業の操業期間または施設の利用期間 許可後から永久

<4> 工事完成年月日 二か月

ロ しかしながら、知事のなした右許可には次のような事情があるので、原告らとの関係で違法である。

すなわち、知事のなした右許可は、申請を受理した城山町農業委員会の意見を付した進達に基づきなされたものであるところ、同委員会のなした調査及び意見は後記<1>ないし<4>のとおり違法なものであり、これを前提とした知事の右許可も違法である。のみならず、知事自身がなした審査又は調査について後記<5>のような事由があるので、いずれにしても知事のなした許可は違法である。

<1> 当時、城山町農業委員会では、農地法五条の転用許可申請がされている土地の隣地が農地である場合は農業を守る立場から隣地所有者の承諾が農地法五条の許可をする条件であると考えており、また、原告らは右申請がなされた昭和六二年一二月二一日以前から既に第一次転用地に隣接する七九七番一・七九七番五の各土地で自然農法による畑作を続けていたのに、同農業委員会により第一次転用地につき同年一二月二四日に行われた現地調査では、隣接する原告美子所有の右各土地は農地でないと誤って判断され、かつ、その後も原告美子から第一次転用地が非農地へ転用されることの承諾を取得していない。

<2> 城山町農業委員会の農地転用に関する審査においては、本件許可申請の場合を含め、申請書類に記載してある事項を鵜呑みにし、何らの実質的調査もしていない。このような業務処理方法は、農地等転用関係事務処理要領(昭和四六年四月二六日農林省農地局長通達)第一2(2) に定められた「許可の可否の決定に当たっては、申請に係る事業計画(用途、施設の配置、着工完工の時期及び被害防除措置を含む。)資金計画等について詳細な審査を行い、当該事業計画にしたがってその事業の用に供されることが確実であると認められた場合のみ許可を行うことは当然のことであるが、特に事業実施の確実性の判断に当たっては、当該申請書記載の内容に限定することなく、事業の必要性、緊急性など総合的な観点から審査するものとする。」に明らかに反する。

<3> 農地転用許可基準(昭和三四年一〇月二七日農林事務次官通達)第二章第二節第五、一によれば、「転用に伴い、土砂の流出、たい積、崩かい等のおそれがある場合又は当該事業により生ずるガス、湧水、粉じん、捨石、鉱煙等により附近の農業・水産業等の産業又は公衆衛生等に影響を及ぼすおそれのある場合において、必要な防除措置がとられていること」に該当しない場合は農地転用を許可してはならず、農業委員会は被害防除措置が取られていないと判断すれば、農地転用不許可相当の意見を知事に進達しなければならないところ、第一次転用地について農業委員から被害発生に対する強い懸念が出されていたにもかかわらず、専門職たる事務局が農業委員会としては許可相当という意見しか出せないと議論を誘導した。

<4> 本件許可申請を受けた城山町農業委員会は昭和六二年一二月二四日の審議の中で、農業委員である中里定夫がしきりに右農地転用許可申請の裏に隠された申請人の危険な意図を訴えるのに対し、同事務局は右懸念を知事に上げて判断するよう主張しているが、知事への意見進達の際に関係議事録を添付したか不明である。

<5> 第一次転用地につき前記許可申請後で許可前である昭和六三年六月二八日に、前記吉澤保が代表取締役を務める巽産業のため条件付所有権移転仮登記がなされたが、知事はまもなく右事実を把握し、巽産業から仮登記抹消承諾書を出させることにより、譲渡人齋藤文吾・譲受人日成建設株式会社とする本件許可を与えているが、前記<2>の農地等転用関係事務処理要領の記載からすれば、農地法五条許可申請後に新たに仮登記権利者が現われるということこそ「申請に係る事業実施の確実性の判断」に当たってより慎重に審査すべき事態が発生したということであり、それを農業委員会を通じて巽産業から仮登記抹消登記手続承諾書を入れさせただけで処理したこと自体が誤りと言わなければならない。

(2)  農地法八三条の二に基づく許可取消し及び原状回復命令等を発布しなかった違法

農地法八三条の二には違反転用がなされた場合は許可の取消し又は原状回復命令等を発布できる旨が規定されているが、昭和六三年八月二六日に第一次転用地に対してなされた農地法五条の許可はその後取り消されることはなく、原状回復命令等も出されていない。

しかし、知事による右の不作為は左記のような事情があることから、原告らに対し違法である。

<1> 第一次転用地の農地法五条の許可は、前記のとおり資材置場及び駐車場として利用することを条件としてなされたものであるが、巽産業の代表取締役である吉澤保らは右許可取得直後ころから、資材ではなく残土を大量に持ち込み続けた。これは、農地法八三条の二第二号(許可条件の違反)に該当する。

<2> 吉澤保らはそもそも第一次転用地を残土投棄場所とする計画であったにもかかわらず、その意図を秘して農地法五条の許可を受けたものであり、右は農地法八三条の二第四号(詐欺等の不正な手段により許可を受けた)に該当する。

<3> 第一次転用地は、日成建設株式会社を譲受人として申請され、昭和六三年八月二六日に知事から農地法五条の許可が出、同年九月一六日に農地転用事実が確認されて、同年九月二四日に地目変更登記がなされると、同年九月二九日に瀬谷総合開発株式会社に所有権移転登記がされている。これは脱法行為であり、前記(一)ロ<2>の農地等転用関係事務処理要領に定められた審査を全く無意味とならしめるものであるから、右事実が判明した時点で右許可を取り消すべきである。

<4> 転用事実の確認も極めて杜撰であって、第一次転用地につき地元農業委員が昭和六三年九月一六日に転用事実を確認したとされているが、同土地は資材置場となったことなどないのであるから、地目変更登記への途を開く転用事実の確認を安易にすべきではなく、知事は右許可を取り消すべきであった。

<5> 第一次転用地に対する巽産業らの残土投棄により、遅くとも平成三年七月の時点で、このままでは土砂崩落とそれにより周辺住民の生命身体財産に如何なる危険が生ずるかも知れないという事態になっており、このことは知事も農業委員会も十分把握していたのであるから、知事は、農地法五条の右許可を取り消して、巽産業による工事その他土砂搬入行為を停止させ、かつ相当の期限を定めて原状回復その他違反を是正するための必要な措置をとる(農地法八三条の二)よう命令する義務があったというべきである。この命令が発布されていれば、本件各土地に対するその後の残土崩落事故等を防止することができたはずである。

(3)  自主復旧計画における指導不十分の違法

別紙物件目録二1、2の各土地(第一次転用地)・同目録三1ないし9の各土地(第二次転用地)・同目録四1ないし4の各土地(第三次転用地)の大体の位置関係は別紙図面(三)記載のとおりである。そして、知事から第一次転用地については前述のように昭和六二年一二月二一日の申請に基づき昭和六三年八月二六日に、第二次転用地については同年七月の申請に基づき同年一〇月二七日に、第三次転用地については平成元年六月の申請に基づき同年六月二九日に、それぞれ農地法五条の許可がなされた。巽産業の代表取締役吉澤保は、有限会社新栄企画(以下「新栄企画」という。)代表取締役山下哲夫とともに、昭和六三年七月ころから第二次転用地に残土投棄を開始し、平成元年五月から同年八月まで第二・第三次転用地で残土投棄を大々的に行い、更に平成二年一二月からは第二・第三次転用地で更に規模を拡大して残土投棄を行うようになり、平成三年五月からは第一次転用地でも行われるようになった(以上「第一次残土投棄」という。)。

その後前記のとおり同年八月八日に第一次転用地から本件各土地への残土崩落事故が起きることとなった。

そこで、巽産業の代表取締役である吉澤保らは、自主的にその復旧に当たることとなったが、被告神奈川県が、平成五年一〇月以降巽産業らの自主復旧計画を承認するに当たっては、巽産業らが建設残土投棄を再開する狙いを正確に把握し、しかも、厳密にその工事内容を監督し規制するならば、巽産業らをして少なくとも第一次転用地を含む人の生命身体への危険を及ぼす場所の安全対策をさせることが可能であった。ところが、それを怠り、巽産業らが自主復旧計画に名を借りて更に残土投棄を継続拡大しようとしているのを見抜けず、同産業が平成六年一月から大々的に残土投棄を拡大すること(以下「第二次残土投棄」という。)を許し、もはや原状回復が不可能な段階まで至らせ、その過程において、第一次転用地にも新たな土砂の投棄を許して危険を増大させた。

すなわち、<1>被告神奈川県林務課は巽産業らの狙いも見抜けず、平成六年二月二日に安易に土砂搬入を承認した。<2>巽産業らの弁解をいつまでも信用して違法な残土投棄であるとの認識を全体のものにさせなかった。<3>違反事実を現認しながら、実効性のある措置をとるまでにあまりに多くの時間を費やした。<4>被告ら間で第一次転用地の自主復旧計画の指導責任は被告城山町が負うと分担されていたが、第一次転用地の自主復旧計画については結局作られないまま、被告神奈川県が指導責任を分担していた森林法の対象となる他の地区の復旧計画を先行させ、承認していたのであって、結果的には本件各土地の安全性についての指導を放棄した。

(4)  告発等の不作為の違法

前記のとおり、平成二年一二月に大々的に開始された第一次残土投棄は結局平成四年一一月二五日に知事が森林法違反で吉澤保らを告発し、平成五年一月三一日に吉澤保が逮捕されるまで続いた。知事は遅くとも平成三年一〇月二四日には巽産業らの森林法違反の事実を把握していたし、同年一一月には建設残土の投棄場所が神奈川県自然環境保全条例(以下「自然環境保全条例」という。)に規定する自然環境保全地区である小倉山国有林に及んでいたのであるから、その時点で同条例八条違反行為として、同条例二九条一号により六月以下の懲役又は三〇万円以下の罰金に問疑することができた。このように犯罪事実の把握から右告発までに一年を要し、しかも右自然環境保全条例違反ではなく、森林法違反での告発を選択したことは誤りであり、この点からしても被告神奈川県の措置は違法である。

(二) 被告城山町

(1)  第一次転用地への農地法五条許可に関する進達の違法

第一次転用地につき知事がなした前記(一)(1) イの農地法五条の許可は、被告城山町の機関である城山町農業委員会の進達に基づきなされたものであるが、同委員会が右進達をなすに当たり採った措置には、前記(一)(1) ロ<1>ないし<4>のような事由があるので、右進達は原告らとの関係で違法である。

(2)  知事が農地法八三条の二に基づく許可取消し等をしなかったことに加担した違法

前記(一)(1) ロ<2>の農地等転用関係事務処理要領の第三「違反転用に関する処分等」の「一 農業委員会の処理」には「農業委員会は法八三条の二第一項各号の一に該当する者に係る違反転用等の事案を知ったときは、速やかに、その事情を調査し、遅滞なく」「報告書」「を都道府県知事に提出するものとする。」とされているところ、城山町農業委員会は、遅くとも平成三年六月には、前記(一)(2) <1>ないし<5>のような違反事実を知り得たのに、知事に対し報告書を提出しなかった。

(3)  自主復旧計画における指導不十分及び告発等の不作為の違法

巽産業の代表取締役である吉澤保らによる前記(一)(3) の自主復旧計画につき、被告城山町もその指導に関与したが、被告城山町には前記(一)(3) <2>ないし<4>の事由がある。

のみならず、平成四年六月一日施行の城山町総合環境保全条例によれば、城山町長は、許可を受けずに埋立てを行っている事業者に対し、同条例三四条に基づき中止命令を出すことができ、右中止命令を出したときは、同条例三五条により、期限を定めて原状回復命令その他必要な措置を命ずることができ、これにも従わない者に対しては、同条例九二条により、刑事罰を科することができることになっている。城山町長は平成六年二月以降に建設残土投棄をした巽産業らに対し同年一二月一五日までに中止命令を発布したのであるから、さらに被告城山町は、巽産業らに対し、右条例を適用して原状回復命令や刑事告発等をするべきであったにもかかわらず、丸一年も何もしなかった違法がある。

3  被告らの有責性

(一) 神奈川県知事又は同県の担当職員は被告神奈川県に所属する公務員であり、同知事又は職員はその職務の執行として前記2(一)(1) ないし(4) の行為を行った。

なお、前記2(一)(1) 及び(2) の事務は国からの機関委任事務であるが、知事は被告神奈川県が費用を負担する公務員である。

(二) 城山町農業委員会の各農業委員及び同町の担当職員は被告城山町に所属する公務員であり、右委員又は職員はその職務の執行として前記2(二)(1) (2) (3) の行為を行った。

なお、前記2(二)(1) 及び(2) の事務は国からの機関委任事務であるが、右委員及び職員は被告城山町が費用を負担する公務員である。

4  損害

(一) 本件各土地は本来合計金一億三三八〇万円相当の価値を有していたが(近隣の土地の相当価格である坪三〇万円×四四六坪)、前記残土崩落の危険によって、農業、居住用建物の所有等の利用はできなくなったため、本件各土地の所有者である原告美子は本件各土地の一部を資材置場として賃貸して年間金一二〇万円の地代収入を得るにとどまり、本件各土地の実質的価値は金二四〇〇万円相当にまで減価した。

(二) 原告らは、従前本件建物に居住し本件各土地で自然農法の農業を営み快適で平穏な生活を送っていたのに、前記残土崩落の危険によって、平成三年八月八日から平成九年二月四日まで、不便な仮住まいでの避難生活を強いられるという精神的損害を受け、これを慰謝するには原告一人につき金九六五万五〇〇〇円(一日金五〇〇〇円相当)を下らない金額を要する。

(三) 本訴請求を行うための弁護士費用としては、前記損害合計額の一〇パーセントが相当であり、その金額は、原告美子が金一一九四万五五〇〇円、原告秋夫・同美枝子がそれぞれ金九六万五五〇〇円となる。

5  まとめ

よって、国家賠償法一条一項又は三条(国からの機関委任事務の部分)に基づき、被告らに対し、それぞれ原告美子は金一億三一四〇万〇五〇〇円(本件各土地の減価分金一億〇九八〇万円、慰謝料金九六五万五〇〇〇円及び弁護士費用金一一九四万五五〇〇円の合計額)、原告秋夫、同美枝子は各金一〇六二万〇五〇〇円(慰謝料金九六五万五〇〇〇円及び弁護士費用金九六万五五〇〇円の合計額)、及び右各金員に対する平成九年二月五日(訴状送達の翌日)から各支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否と主張(被告神奈川県)

1  認否

(一) 請求原因1(一)の事実は認める。

(二) 同1(二)のうち、吉澤保が防護柵を設けた事実は認めるが、その危険性が継続しているとの事実は不知。

(三) 同2(一)(1) の事実のうち、イは認めるが、ロは否認する。

(四) 同2(一)(2) の事実のうち、知事が取消し等をしていないことは認めるが、その余は否認する。

(五) 同2(一)(3) の事実は否認する。

(六) 同2(一)(4) のうち、逮捕・告発の事実は認めるが、その余は否認する。

(七) 同3(一)の事実は認める。

(八) 同4の事実はいずれも否認する。

2  主張

(一) 本件事件の経過

(1)  原告美子は本件各土地及び本件建物を所有し、原告秋夫、同美枝子と共に本件建物に居住していた。第一次転用地は本件各土地の北側及び西側に位置し斉藤文吾が所有していた現況山林又は梅林(登記簿上の地目は畑)であったが、昭和六三年八月二六日知事による農地法五条所定の許可を受けて、同年九月一六日に地元の農業委員会による転用事実の確認が行われ、同年九月二〇日には畑から雑種地への地目変更登記も行われている。そして、いずれも昭和六三年九月二二日売買を原因として第三者に所有権移転登記がなされ、平成元年一二月二七日以降は株式会社ナカタニが所有名義人であった。知事は、昭和六三年一〇月二七日に第二次転用地、平成元年六月二九日に第三次転用地、それぞれにつき農地法五条所定の許可をした。

(2)  巽産業は平成元年五月ころから、第二次転用地付近に、次いで第三次転用地付近にそれぞれ残土を搬入した。そして、平成三年五月ころからは巽産業は第一次転用地にも残土投棄するに至ったが、被告城山町がこれを確認したのは同年六月二四日であり、被告神奈川県もその頃認識した。第二次転用地及びこれに隣接する第三次転用地に積み上げられた残土の高さは、一部の新聞によると一〇〇メートルと記載されているが、事実は二八メートル程度に過ぎない。他方、第一次転用地には残土を高く盛ることはできず、張り付けた状態で積み上げられ、その量も第二次転用地及び第三次転用地の残土の一〇〇分の一程度である。

そして、第一次転用地には平成三年八月八日の残土崩落事故以降、新たな残土は投棄されておらず、かえって第一次転用地に積み上げられた高さ四段の残土は、平成七年七月か八月ころ、巽産業が二段削って低くし、現時点での本件建物の背後の残土の高さは二メートルから七・五メートルである。

(3)  平成三年八月八日、第一次転用地に積まれた残土の一部が崩れて、一部は県道の片側まで流出した。同年九月一九日、同年一〇月七日、巽産業の他の残土捨場でごく小規模の残土崩落があったが、人家から遠くて被害はなかった。その後、同年一〇月一三日、第二次転用地及び第三次転用地等に積み上げられた残土が崩れて、隣接する小川工業社員寮と同土地の県道反対側に所在する斉藤建設資材置場に流出して被害を与えた。しかし、本件建物とは一〇〇メートル余り距離が離れ、かつ地形上も本件建物が高所にあるため無関係であった。その後、現在まで約九年間、残土崩落の事実はない。

(4)  原告らは平成三年八月八日以降、本件建物の安全に問題があるとして居住せず、知人宅に半月、その後は被告城山町が提供した教職員用共同住宅の二室に住み、平成一〇年六月以降は被告神奈川県の県営住宅に居住している。なお、本件各土地の一部で県道側に面している部分七一〇平方メートルは平成六年三月一日以降資材置場等の目的で月額一〇万円の賃料で原告美子が第三者に賃貸中である。

(5)  この間、原告らは平成四年四月、残土を放棄した巽産業及び第一次転用地等の所有者株式会社ナカタニを相手方として、擁壁設置と損害賠償を求める民事調停を相模原簡易裁判所に申し立てたが、平成六年五月に右申立てを取り下げた。原告らは平成七年九月、残土投棄者である巽産業とその代表者である吉澤保、同じく新栄企画及びその代表者である山下哲夫、第一次転用地等の所有者の株式会社ナカタニの五名を被告として損害賠償等請求訴訟を横浜地方裁判所相模原支部に提起した。右訴訟は横浜地方裁判所本庁に回付され、平成一一年七月九日、原告美子との間で巽産業ら五名が原告美子に対し連帯して金一億円を支払うとの訴訟上の和解が成立し、原告秋夫及び同美枝子との間で巽産業ら五名は、原告秋夫及び同美枝子にそれぞれ金八一八万四〇〇〇円及びこれに対する平成八年一〇月一四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払えとの内容の請求を認諾した。

(6)  被告神奈川県は巽産業らの残土投棄に対し、平成三年三月以降森林法で定める森林における開発行為及び土地の形質変更行為の中止、道路管理者として道路法四三条が禁止する道路の汚損と土石のたい積行為の中止、神奈川県の自然環境保全条例違反行為の中止及び建設省所管国有財産部局長として神奈川県知事が国有水路に投棄された土砂の撤去等を求めて、指導・要請・勧告を反覆した。そして、被告神奈川県は平成三年八月九日以降、現地において被告神奈川県津久井行政センターを調整役として、同津久井土木事務所、同相模川総合整備事務所、同津久井警察署、被告城山町、広域消防の城山分署等と対策会議を設置し、主に情報交換、付随的に安全パトロールをどうするか等について協議を重ねた。これとは別に被告神奈川県は本庁段階で、農政部林務課を取りまとめ担当部局とし、土木部土木用地課、環境部自然保護課、企画部企画調整室で担当者会議を開いて対応策を検討し、ある程度の案がまとまると右部局の課長会議を経て、部次長会議で事実上の最終案をまとめた。この間、被告神奈川県は、平成四年一一月二五日、巽産業と吉澤保を森林法違反で告発し、平成七年一〇月一九日には森林法違反及び自然環境保全条例違反で告発した。

そして、平成四年九月一四日には、森林法一〇条の三及び三八条二項所定の開発行為と土地の形質変更行為の中止命令及び同年九月二二日自然環境保全条例八条違反を理由に同一三条所定の土地形質変更行為の中止命令という各行政処分を行った。また、平成七年九月一四日に、森林法一〇条の三及び三八条二項所定の開発行為と土地の形質変更行為の中止命令及び自然環境保全条例八条違反を理由に同一三条所定の土地形質変更行為の中止命令という各行政処分を行った。

(7)  被告城山町も被告神奈川県と共に各種指導、要請を反覆した。残土を国有林に投棄され、樹木を不法に切り倒された平塚営林署(現・東京神奈川森林管理署)も、被告神奈川県が巽産業及び吉澤保を第二次告発した際、吉澤保を不動産侵奪罪で告訴した。

吉澤保は第一次告発後、平成五年一月三一日森林法違反容疑で逮捕されたが、罰金五〇万円を科せられたのみであった。第二次告発後、吉澤保は平成七年一一月二〇日不動産侵奪容疑で逮捕され、以後残土搬入がないまま実刑に処せられて、平成一二年一月一四日現在服役中であった。

(8)  なお、被告神奈川県は巽産業に対し、次のとおり自主復旧計画を指導承認した。

<1> 森林法関係・平成五年一〇月一五日・神奈川県知事

<2> 国有水路関係・平成五年一一月二六日・津久井土木事務所長

<3> 自然環境保全条例関係・平成六年一月一三日・神奈川県知事

(二) 農地法五条に基づく農地転用許可の適法性等

(1)  市街化調整区域の農地は甲種、乙種第一種、乙種第二種、乙種第三種に四分され、甲種農地は国や県などが基盤整備業を行った区域であるなど、一定の要件に該当して、農業上とくに確保すべき農地と判断された農地である。以下乙種第一種ないし第三種までそれぞれ要件が定められ、右の順に農地としての優良度が低くなる。農地区分の判断の結果、甲種及び乙種第一種の場合は原則として転用不許可とし、乙種第三種は原則許可となる。乙種第二種については、乙種第三種に立地することが困難又は不適当と認められる場合に許可することになっていた。第一次転用地については農業公共投資がされていないこと及び農地としての集団性が低いことなどから、甲種や乙種第一種に該当しない土地であった。農地転用許可申請手続自体はいずれも適法で、かつ申請対象農地はこのように農地としての優良度が低く、申請を棄却すべき理由が見当たらなかったので、神奈川県知事のした第一次転用地の農地法五条に基づく転用許可処分は適法である。

(2)  また、これらの農地転用許可処分をした当時、本件の如く多量の残土が投棄されることにより被告神奈川県が対応に苦慮する自体は想定できなかったのであるから、これらの農地転用許可と原告らの被害との間に相当因果関係が存在しない。

(三) 農地転用許可取消処分の不作為の適法性

(1)  農地法八三条の二に基づく農地転用許可の取消しは農地転用許可制度の意義を確保し、転用規制の法益を確実にするための補完的手段であるから、適法に農地転用が行われた場合、その後の事情により、当該土地が再転用されたとしても、右の趣旨に反するものではない。その点は、農地法の目的が「農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて、耕作者の農地取得を促進し、及びその権利を保護し、並びに土地の農業上の効率的な利用を図るためその利用関係を調整し、もつて耕作者の地位の安定と農業生産力の増進とを図ること」にあることからも、また、農地法の対象となる「農地」とは「耕作の目的に供される土地」を指すことからも明らかである。仮に適法に農地転用が行われ、既に「農地」ではなくなった土地について、明文の根拠もなく、農地法の定める目的以外の事項を考慮し、土地の利用形態等に対する規制等を行うことは法律による行政の原理に反し、また、農地転用許可について無制限に取消権を留保した形で処分を行うことは、右許可を受けた者の法的地位をいつまでも不安定な状態におく結果となり許されない。

転用許可後に申請者は転用行為に着手し、それが完了すると工事完了届を農業委員会経由で知事に提出する。通常工事完了届と並行して転用確認願が農業委員会に提出され、城山町の場合、転用区域を担当する農業委員が現地確認を行い、当該委員の署名捺印を受けた転用確認願を城山町農業委員会へ持参して、農地転用確認証明書の交付を受ける。農業委員が現地確認をする際、資材置場や駐車場などは直ちに計画全部の資材等が揃わないことが多いことから、一部でも資材が置かれたり車両が駐車されると、転用事実を確認する扱いが普通である。

そして、農地法で「農地」とは耕作の目的に供される土地であるが、その判断基準の第一はその土地の事実状態であるところ(現況主義)、第一次転用地の場合、昭和六三年八月二六日に農地転用を許可され、同年九月一六日に転用事実が確認され、同年九月二〇日畑から雑種地に地目変更登記後、同年九月二二日売買されて同月二九日所有権移転登記を経由し、以後数件の所有権移転登記がなされており、残土崩落まで、非農地の状態で約三年経過している。

かような長期にわたって農地でない状態が継続し、しかも前記のとおり農業政策上原則的に農地として残すべき土地ではなかった第一次転用地は農地の性格を既に失っており、農地法八三条の二の規定を適用することは法的に不能となっているから、農地転用許可処分を取り消さなかったことは適法である。

(2)  農地法八三条の二の形式及び内容に照らすと、農地転用許可を取消すか、違反を是正するための必要な措置を執ることを命ずるか、必要な措置として如何なる内容のものを選択するかはいずれも知事の裁量権の範囲内にとどまり、その不行使については法的責任を問われない。そして、行政権は専ら公益一般の保護、助長を目的として行使されるものであるから、その行使によって私人が利益を受けることがあったとしても、反射的利益に過ぎず、右私人が法律上の権利を有するものではない。

更に、神奈川県知事の裁量行為たる農地転用許可取消権限の右不行使は、著しく合理性を欠いた場合に該当しない。裁量権の行使が著しく合理性を欠く場合とは、i差し迫った生命・身体・財産に対する危険があること、ii公務員の方でたやすくその権限を行使することができ、その権限行使が危険回避にとって有効かつ適切であるのに、具体的事情の下でなお公務員が裁量を楯に権限を行使しないときであると解されるところ、本件においては右各要件が具備されていない。すなわち、

<1> 原告らに対する差し迫った生命、身体、財産に対する危険性があったと断定しがたい。すなわち、仮に本件建物敷地の一部に土砂が流入したとしても、それは平成三年八月八日の一回だけであり、本件建物自体に直接的な損害が生じなかったし、以後現在まで約九年間余推移しているが、新たな残土崩落事故はない。そして、平成三年八月八日の残土崩落後、巽産業は第一次転用地と本件各土地の間に金属製の擁壁を設置した。平成七年七月か八月ころ、巽産業が被告らの指示を受けて、第一次転用地に存在した残土四段積みを二段削って低くした。のみならず被告神奈川県は、台風等の豪雨による上部山林からの水の処理対策として、平成八年八月九日から同年九月二日まで、土のう水路工五六九メートル、土のう張工三五六袋、丸太柵一〇メートル、植生土のう筋工二二三メートルなど応急対策工事を金七五〇万円をかけて実施した。その結果、これらがされなかったときよりも危険性は低下しており、平成一〇年三月ころの被告神奈川県津久井土木事務所及び東亜開発株式会社による調査によれば、ボーリング、土質検査、安定計算の結果、現状では安定しているとの結論であった。

<2> 第一次転用地の農地転用許可から本件建物敷地の一部に土砂が流入するまでの約三年間経過して第一次転用地の現状が非農地になったことから、右土地は農地法の適用対象外になったと考えられていた。そして、本件の場合、巽産業グループの代表者であった吉澤保の反社会性は強度で、農地転用許可を取り消して原状回復を命じさえすれば危険回避にとって有効かつ適切な結果が生ずる事案ではなかった。また、原告らの危険を取り除く責任を持つ巽産業など原因者が明確に存在した。

(3)  本件は、農地転用許可を取り消して原状回復を命じさえすれば、危険回避にとって有効かつ適切な結果が生ずる事案ではないから、転用許可を取り消さなかったことと原告ら主張の損害との相当因果関係はない。

(四) 自主復旧計画における指導及び刑事告発等について

(1)  前記のとおり、被告神奈川県の執った措置において、反覆した行政指導は著しいものであり、多面的な法令を利用して実施した。そして、行政当局としては、一片の命令発出や刑事告発で問題が解決するものではないことを認識し、できるだけ残土投棄を行った行為者に原状回復させることを考慮して、巽産業の自主復旧計画策定を指導し、同計画を承認した。このように、被告神奈川県の執った行政指導その他の措置は合理的で適切であった。その後、再三にわたる違法残土搬入中止の指導や土砂搬入中の勧告を経て、平成六年一〇月七日復旧計画の承認を取り消した。新たな残土搬入の事実を認識してから右承認取消しまでの間に被告神奈川県は何もしなかったのではなく、反覆した指導や勧告が効を奏しなかったものである。

なお、森林法等で告発したのは被告神奈川県では初めての事案で、当時全国的にも残土処理に関して森林法で告発した事例はなかった。被告神奈川県は平成四年一一月二五日に吉澤保らを自然環境保全条例関係で告発していないが、その理由は同年九月二二日に同条例一三条に基づき土地の形質変更行為の中止命令を発したものの以後一一月まで条例適用対象土地への残土投棄が確認できなかったからであり、仮に同条例違反として告発しても、同条例八条違反として金二〇万円以下の罰金に処せられるだけである。

(2)  被告神奈川県は、自主復旧計画を承認した後新たな残土搬入の事実を認識してから右承認取消しまでの間、何もしなかったのではなく、反覆した指導や勧告が効を奏しなかったにすぎない。また、被告神奈川県林務課が資材砂の搬入を許可した点については、当時の現地の地形、残土の状況によると、復旧資材が必要という巽産業の申し出に無理からぬものがあったのであり、右承認の動機、目的に照らし、これが違法であったとすることはできない。

(3)  平成六年二月以降の吉澤保らの残土投棄は、第一次転用地に行われたものではないから、原告ら主張の損害との間に因果関係がない。

三  請求原因に対する認否と主張(被告城山町)

1  認否

(一) 請求原因1(一)の事実は認める。

(二) 同1(二)のうち吉澤保が防護柵を設けた事実は認めるが、危険性が継続しているとの事実は否認する。

(三) 同2(二)(1) の事実のうち、城山町農業委員会が進達をし、知事から許可がなされたことは認めるが、その余は否認する。

(四) 同2(二)(2) の事実のうち、知事が許可取消し等をしなかったこと、農業委員会が知事に対し報告書を提出しなかったことは認めるがその余は否認する。

(五) 同2(二)(3) の事実は否認する。

(六) 同3(二)の事実は認める。

(七) 同4の事実は否認する。

2  主張

(一) 本件事件の経過については、以下に付加する事実の他、被告神奈川県の主張と同じである。

(1)  平成三年八月ころに第一次転用地の土砂が崩落し原告の住宅の安全に問題が生じたので新たな住居の確保が必要となったために、被告城山町は原告に教職員用共同住宅の確保をした。

(2)  被告城山町は巽産業に対し、平成三年一〇月残土の崩落により水路機能が阻害されたために河川(水路)管理者としてその手だてを求める通知を発してその修繕を求め、同年一二月土砂崩壊の防止と道路の修復を誓約させた。

(3)  被告城山町は、平成四年六月、町内において残土の堆積等全体の環境の保全を図る総合環境保全条例を制定しその基準作りを行い、同年九月、巽産業に対して盛土の中止を勧告し、同年一二月、巽産業は被告城山町の勧告を受け入れて残土の中止等を被告城山町に誓約した。

(4)  平成六年三月、巽産業は被告らとの自主復旧計画の合意を破り土砂の搬入を始めたため、被告城山町は同意条件の遵守をするよう求めた。被告城山町は、同年九月巽産業に対して内容証明郵便をもって水路及び道路への土砂搬入についての中止勧告を行い、同年一〇月巽産業が同意条件の遵守をしないためその同意の取消しを行った上、同年一一月巽産業に対して埋立て行為に対して条例に基づき中止命令を発した。

(二) 農地転用手続の適法性

(1)  農地転用手続は国の機関委任事務として県知事が職務執行をするところであるが町の農業委員会はその一部として転用審査を行い意見を付して許可権者の県知事に進達することになっている。この事務処理は農地等転用事務処理要領(昭和四六年四月二六日農林省農地局長通達)に定められており添付する意見書には農地の区分を記入することになっていた。その記入に際しては農地転用許可基準(昭和三四年一〇月二七日農林事務次官通達)及び市街化調整区域における農地転用許可基準(昭和四四年一〇月二二日農林事務次官通達)を基に行っており第一次転用地等はその周辺地とともに専ら乙種第三種として意見書を進達していた。そして、これらの許可基準における乙種第三種の許可方針は「原則として許可する」ものとなっており神奈川県ではこの種の農地の現況が仮に既に現地調査の結果非農地であった場合にでも申請があれば事後追認しても許可する取り扱いをしていた。そこで城山町農業委員会の第一次転用地等の転用手続はこの乙種第三種の対象土地としてその基準に則って行われたものである。

(2)  現地調査

本件各土地は一部を除いて第一次転用地に隣接していないし、少なくとも農業委員の目から見て当時本件各土地は耕作地の痕跡が見えず現況は単なる放置された土地と考えられ、もはや「農地法で保護する農地」ではなかった。

仮に本件各土地の一部が農地だったとしても、当時の農地転用事務処理要領には許可申請の添付書類にはもともと隣地承諾書は含まれておらず、そのことは後の「農地転用関係事務処理の迅速化及び簡素化等について」の農林水産省構造改善局長通達(乙ニ三六)によっても「このようなことは申請者に過分の負担を課するものであるので、提出を求めることのないよう指導の徹底を図ること。」とされており、もし当時同意書が必須の書類であるならば知事は書類不備で受理しなかったはずである。

(3)  城山町農業委員会の職務権限

城山町農業委員会の職務権限は農地法により、農業委員会事務局の職務権限は農業委員会等に関する法律二〇条四項に記載されているとおりであり、その内容は、農業委員会長の指揮を受け、転用許可等の申請書の受理及び書類の審査、農業委員会総会の議案作成、意見書の進達、県から送付された許可書の交付等に限定されている。また、申請書の受理及び書類の審査についても城山町農業委員会事務局は受理の窓口として書類の有無を審査するが、その内容の審理は城山町農業委員会の段階では行わず、たとえば事業資金の証明書及び不動産登記簿謄本に記された権利関係の確認等の実質審理は許可決定権者の知事が行うものであった。そのため、第一次転用地の場合でも農地転用許可が出されるまでに約八か月を要したが、城山町農業委員会の書類審査、総会審議及び県に対する意見進達は農業委員会総会後一週間程度で行われ、その後の知事の審査にその大半の時間を要している。

(4)  城山町農業委員会の審議及びその進達

城山町農業委員会では昭和六二年一二月二四日に第一次転用地に対しても申請書に基づき総会当日現地を調査した後に総会に審議を付し、その中で一八番委員の中里氏からいくつかの意見が出されたが、そのいずれもが抽象的な憶測を述べたに過ぎず、それらの意見を受けて委員会が色々討議をした結果、議長が「じゃあ許可すると言う形で如何でしょうか?」と全委員に諮り、委員会としては議事録の要点を申請書に添付して委員会の意見が知事に届くようにすることを条件に知事に進達することで決定が出され、その旨の意見書を添付して知事に意見が進達された。

(5)  以上によれば、城山町農業委員会が正常に且つ十分に機能していたのであり、その職務行為に違法はない。

(三) 農地転用許可取消処分について

第一次転用地については転用許可後の昭和六三年九月一六日城山町農業委員会により転用事実がいったん確認され、同年九月二〇日に地目変更登記がされているが、転用事実の確認がされてから既に三年弱が経過した土地に対し、城山町農業委員会には農地の違反転用として知事に報告する義務は生じない。

(四) 自主復旧計画における指導及び刑事告発等について

(1)  平成五年一〇月、被告神奈川県は巽産業が提出した残土投棄をした地域に対する自主復旧計画の承認を与えて同社に本件現場の回復行為を求めた。同年一一月、被告城山町は水路及び管理道路に関する同社の自主復旧計画を承認し、同じく現場の回復行為を求めた。そして、被告らは行政指導をする場所的範囲を区分し、被告城山町はその条例適用地域である第一次転用地の復旧工事を同条例が求める安全基準に従って進行するよう巽産業を指導していた。巽産業は同条例適用基準に基づく復旧計画の作成を一方でしながら、他方では平成七年七月頃から第一次転用地の現場の四段積みの残土を二段に削って低くし、のり面の整形工事を進行していた。その工事内容では条例基準を満たしていないが、少なくともその危険性は以前と比べれば数段少なくなっている(なお、その過程において、その当時第一次転用地の残土の移動がされたものの、新たな土砂の投棄はされていない。)。また、平成八年八月頃被告神奈川県は三月頃実施した現地の調査報告書に基づき、応急対策工事を実施した。同工事によりその安全性が大いに高まった。

(2)  第一次転用地の土砂の切り盛りは平成七年一月三一日ころからであるので、巽産業が防災対策として、事務所脇及び第一次転用地の残土除却を始めたことに対し、城山町総合環境保全条例を適用することは可能であったが、この時点で被告神奈川県津久井土木事務所が巽産業に対し県道への土砂流出への防止に万全の処置を施すよう通知を出していたので、これを考慮して中止命令は出さなかった。

第四証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

第一残土崩落事故等の発生

一  請求原因1(一)の事実(原告美子の本件各土地及び本件建物所有・原告らの本件建物への居住・本件各土地付近の位置関係・平成三年八月八日の残土崩落事故等)、及び、同1(二)の事実のうち巽産業等が右崩落事故後本件各土地と第一次転用地の間にH鋼と鉄板により防護柵(擁壁)を設置したことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、右崩落事故後においても本件各土地への残土崩落の危険が継続しているかについて判断する。

1  証拠(甲一ないし八九、乙ハ一ないし六三、乙ニ一ないし三六、証人吉澤保、同大塚英夫、同齋藤光弘、同井上清勝、同矢野一郎、原告本人加藤秋夫)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 原告らは、平成三年八月八日の残土崩落事故後直ちに知人宅に避難し、次いで同年九月一日からは被告城山町の提供した教職員住宅に避難した。

その後、平成一〇年六月二日に至り原告秋夫及び同美枝子が、平成一一年一月に至り原告美子が、いずれも現住所たる県営住宅に転居した。

(二) 原告美子は、平成五年一〇月二八日に七九七番一及び七九七番五の各土地につき農地転用許可を得て、同年一二月二四日に右各土地につき畑から雑種地への地目変更登記をした。そして、そのころ本件各土地及び本件建物を合計金一億二五〇〇万円で売却しようとしたが、話がまとまらず、平成六年三月一日に有限会社中佐に本件各土地の一部を資材置場として賃貸している。

(三) 一方、巽産業らは、平成四年ころまでに、本件各土地及び県道太井・上依知線と第一次転用地等との境界付近にH鋼を打ち込み木製の擁壁を鋼鉄製に代えるなどして、本件各土地への安全対策を一応行った。平成七年二月ころから第一次転用地につき、のり面整形をした上で、残土を一時的に積み上げたが、同年八月ころまでに一時的に積み上げた残土等を残土処理場の他の地域に撤去・移転し、同年一〇月ころには第一次転用地に積み上げられていた残土の全体量は同年一月以前より少なくなった。

(四) 被告神奈川県は、平成八年三月七日ころ巽産業が設けた残土処理場全体につき現地調査を行い(甲二四)、右調査結果に基づき同年八月九日から九月二日にかけて第一次転用地付近において一定の防災工事を行った。被告神奈川県及び興亜開発株式会社が平成一〇年三月ころ本件各土地付近を調査したが、ボーリング、土質試験、安定計算の結果によれば、第一次転用地は現状では安定しているものの、法尻部のH鋼擁壁が破損すると同部分の小規模な滑りが想定されるので、右擁壁が破損していないか、変動していないか等を定期的に観測する必要がある旨の結果が報告されている(甲八四)。もっとも、巽産業らが現在本件各土地と第一次転用地との境界付近のH鋼等を十分管理していないため、右境界の金属製の擁壁に錆などが出てきている。

(五) なお、本件各土地への第一次転用地からの残土崩落は、平成三年八月八日の前記崩落事故以後九年余を経過するも、一度も発生していない。

2  右認定事実によれば、第一次転用地から本件各土地への残土崩落の危険性は、相当程度小さくなっているということができるものの、全く危険性がないと断定することもできない状態であると認めることができる。

そうすると、原告ら主張の損害は、その金額及び被告らに対し請求できるかは別にして、継続して発生しているということができる。

そこで進んで、被告らの違法有責性の有無について検討することとする。

第二被告神奈川県の違法原因の有無

一  第一次転用地への農地法五条の許可について

1  請求原因2(一)(1) イの事実(第一次転用地への農地法五条許可)は当事者間に争いがない。

2(一)  そこで、右許可の違法事由を個別に検討することとするが、前記第一、二1掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、前記許可に至るまでの経過は次のとおりであったと認めることができる。

(1)  原告美子は、昭和四四年ころ、妹夫婦から本件各土地及び本件建物を取得し、母親と同居するため函館から本件各土地に移り住んだ。昭和五二年に原告美子の母親が死亡し、昭和五四年ころから、原告美子の娘である原告美枝子と右美枝子の夫である原告秋夫と一緒に暮らすようになった。原告美子はそれ以前から、原告秋夫及び同美枝子はそのころから、いずれも前記残土崩落事故の起きる平成三年八月八日まで七九七番一及び七九七番五の各土地において自然農法による農業を営み、また、昭和五五年ころから昭和六三年六月ころまでは所有者である齋藤文吾から第一次転用地の一部を同土地上にある梅林の手入れをすることを条件に無償で借り受け耕作していた。

(2)  本件各土地・第一次転用地・第二次転用地・第三次転用地は、城山町の下倉地区に含まれ、その位置関係は概ね別紙図面(三)(甲五六)のとおりであり、本件各土地の西側には小倉山・紅葉山などの里山が広がっている。本件各土地の東側にある県道太井・上依知線のさらに東側は相模川の河川敷となっており、本件各土地の西側約一七〇メートルのところには小倉山の南に連なる旭山があり、旭山の南側の谷には小倉川が流れている。本件各土地・第一次転用地・第二次転用地・第三次転用地は、いずれも東側で県道太井・上依知線に接し、市街化調整区域であるが、農用地区域には属しておらず、農業生産力は高くなく、土地改良事業等の農業に対する公共投資等の対象となったこともない。右各土地付近の農地はいずれも「市街化調整区域における農地転用許可基準について」(昭和四四年一〇月二二日付農林事務次官通達)における乙種第三種農地に該当する。第一次転用地は概ね小倉山方面に向けて上り傾斜になっており、小倉山に近づくにつれてその傾斜が急になっていて、その大部分が杉林等の山林で本件各土地付近の一部が梅林であった。本件各土地のうち、七九七番一の土地は東側で県道太井・上依知線に接しており、右土地と七九七番四の土地の県道側部分及び七九七番五の土地との間には一メートルほどの段差があり、七九七番一の土地の方が低く、七九七番四の土地の旭山側部分の方が右土地の県道側部分より高く、段状になっている。七九七番四の土地の旭山側部分は西側に向けて緩やかな上り傾斜となっており、右部分に本件建物が建っている。

(3)  巽産業は、土木及び建築工事の設計、施工並びに請負等を目的として昭和六〇年五月二八日に設立された有限会社で、吉澤保は同日から平成七年一一月ころまで右代表取締役であった。吉澤保は、昭和六〇年ころ、本件各土地周辺の広大な土地の地主である齋藤文吾から「自宅に放火されるなどの脅迫を受けた結果、大阪の山口組系暴力団員である生島らに土地四万坪を取り上げられたので、取り戻して欲しい」と頼まれ、知り合いである稲川会系暴力団組長の土屋にも力を借り、同土地を取り戻そうとしたが失敗した。同土地は昭和六三年九月二九日に瀬谷総合開発株式会社に所有権移転登記がされたのを手始めに転々譲渡され、平成元年一二月二七日には株式会社ナカタニに同登記がなされている。

(4)  このような中にあって、齋藤文吾と日成建設株式会社は、昭和六二年一二月二一日、第一次転用地を資材置場及び駐車場に転用するため、譲渡人を齋藤文吾、譲受人を日成建設株式会社として、城山町農業委員会を通じて神奈川県知事に対し農地法五条の許可を申請した。右申請書添付の事業計画書(甲五五)には「隣接地等に対する被害防除措置方法」として「置く資材については隣接に被害をおよぼすものではなく、施工についても被害のないよう十分注意して施工する。」と記載されていた。これにつき、城山町農業委員会は、同年一二月二四日に総会を開いて審議し、その際、農業委員である中里定夫から申請どおり転用されるかどうかについて懸念が表明されたので、周辺農地に支障のないように申請どおりの転用をする旨の意見を付し、第一次転用地の農地法五条の許可につき許可相当の意見進達をした(甲三一)。

(5)  巽産業は、昭和六三年六月二八日、第一次転用地につき所有名義人たる齋藤文吾から条件付所有権移転仮登記を取得したうえ、その前後ころから第一次転用地にあった梅林を伐採して整地した。原告らは、右整地に反対したが聞き入れられず、それまで畑などとして使っていた第一次転用地の一部を利用できなくなった。巽産業のため申請土地につき前記のように所有権移転仮登記がなされたことは、申請の許否を審査中に知事がまもなくこれを知ることとなったが、指導により巽産業は右仮登記抹消承諾書を知事に提出した(但し、現実の抹消は本件許可後の昭和六三年九月二九日)。

(6)  知事は、申請に係る第一次転用地が、前記のように乙種第三種農地に該当し、運用上乙種第三種農地は原則許可すべき土地であり、申請手続自体がいずれも適法で申請を棄却すべき理由が見当たらなかったことから、昭和六三年八月二六日に至り、申請に係る第一次転用地につき、農地法五条の許可をすることになった。

(7)  日成建設株式会社は、城山町農業委員会の農業委員に対し転用事実確認願を提出し、同農業委員は昭和六三年九月一六日第一次転用地が整地されて一部に資材や車両が置かれ資材置場等に転用された事実を確認した。日成建設株式会社は、城山町農業委員会を通じて神奈川県知事に工事完了届を提出するとともに城山町農業委員会に対し右事実を確認した旨の署名のある転用事実確認願を提出して右転用事実確認を得、同年九月二〇日に、第一次転用地につき畑から雑種地への地目変更登記手続が行われた。

(8)  第一次転用地はいずれも、昭和六三年九月二〇日の地目変更登記後、右変更当時所有者であった齋藤文吾から瀬谷総合開発株式会社(昭和六三年九月二九日登記)に、次いで株式会社幸建企画(昭和六三年一一月四日登記)に、次いで株式会社興洋(昭和六三年一二月一二日登記)に、次いで株式会社光建設(平成元年六月一日登記)に、次いで株式会社ナカタニ(平成元年一二月二七日登記)に、それぞれ譲渡されたが、現実に資材置場等に使用されることは少なく、この状態は、その後約三年経過した平成三年五月ころに巽産業らが右土地に残土を積み上げ始めるまで続いた。

(二)  原告らは、まず、隣接する農地所有者たる原告らの承諾のないことを理由に右許可は違法であると主張する。

確かに、前掲各証拠によれば、本件農地法五条の許可につき、原告らの承諾はなかったことが認められる。しかしながら、本件許可がなされた昭和六三年八月二六日当時における農地法その他法令には、隣接地所有者の承諾を要するとする規定はないから、右承諾がないからといって右許可が違法となる余地はないというべきである(「農地等転用関係事務処理要領」(昭和四六年四月二六日付農林省農地局長通達・乙ニ三一)においても隣接農地所有者の承諾書を添付書面とされていない。)。

原告らの右主張は理由がない。

(三)  次に原告らは、本件許可申請に係る事業計画が確実でないのに何ら実質的な調査をすることなく許可をしたことが違法であると主張する。

しかしながら、前記(一)(7) (8) のとおり、昭和六三年九月一六日の転用事実の確認の際に、許可申請に係る第一次転用地は資材置場等として現実に一応使用され申請に係る事業計画に従ってその事業の用に供されており、その後約三年間は現実の使用はあまりなかったとはいえ右状態に変化はなかったのであるから、許可当時、申請に係る事業計画に従ってその事業の用に供されることが確実でなかったとまでいうことはできず、本件許可を違法ならしめるものではない。

原告らの右主張は理由がない。

(四)  次に原告らは、土砂の崩壊等の防除措置がなされていないのに許可をしたことが違法であると主張する。

しかしながら、前記(一)(1) ないし(8) 認定のとおり、第一次転用地から原告らの居住する本件各土地等へ残土崩落が起きるようになったのは、本件許可後約三年を経過した平成三年五月ころになってからであり、右許可とは法形式上無関係な巽産業らが残土を積み上げ始めたことによるのであるから、許可がなされた昭和六三年八月二六日当時に、第一次転用地に土砂の流出・たい積・崩壊等のおそれがあるとの具体的事由はなかったというべきである。

原告らの右主張は理由がない。

(五)  次に原告らは、中里定夫農業委員が申請人の危険な意図を訴えたのにこれを考慮せずに許可したのは違法であるなどと主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、委員会審議における中里定夫農業委員の懸念は、申請どおり転用されるかどうかというものであるところ、前記のとおり申請に係る第一次転用地は申請に係る事業計画に従ってその事業の用に供されたのであるから、中里定夫の意に反して本件許可がなされたからといって、本件許可が違法となるものではない。

原告らの右主張は理由がない。

(六)  次に原告らは、知事は、申請に係る第一次転用地について許否審査中の昭和六三年六月二八日に巽産業のため所有権移転仮登記がなされたのを知りながら、事業実施の確実性に疑問を持つことなく、巽産業から仮登記抹消の承諾書を徴するのみで本件許可をしたことは違法であるなどと主張する。

しかしながら、確かに知事は巽産業による仮登記とその承諾書の徴求につき原告ら主張のとおりの処理を行ったが、右仮登記がなされたことの一事をもって事業実施の確実性に疑問が生ずると断ずることはできず、その後巽産業から仮登記抹消の承諾書を徴求し、現に前記(一)(7) 認定のとおり、本件許可後に第一次転用地につき転用事実の確認ができているのであるから、知事の右措置を以て違法ということはできない。

原告らの右主張は理由がない。

3  以上によれば、知事のなした農地法五条の許可の違法をいう原告らの主張はいずれも理由がないことになる。

二  農地法八三条の二に基づく許可取消し及び原状回復命令等を発布しなかったことについて

1  知事が第一次転用地につき昭和六三年八月二六日の農地法五条の許可後、同法八三条の二に基づく許可取消し等の処分を行っていないことは、当事者間に争いがない。

2  前記第一、二1掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、本件許可がなされた昭和六三年八月二六日前後ころ以降の事実関係は、次のとおりであることが認められる。

(一) 昭和六三年七月ころになって第一次転用地より南側にある第二次転用地につき農地法五条の許可が申請された。これに対し、城山町農業委員会は、同年七月二八日に総会を開いてこれを審議し、無断転用で既に資材置場として使用されているがむしろ転用を進めていった方がよいということで第二次転用地の農地法五条の許可につき許可相当の意見進達を行った(甲三二)。進達を受けた神奈川県知事は、同年一〇月二七日に農地法五条の許可をし、同年一二月初めころには第二次転用地につき農地から雑種地への地目変更登記が行われた。

(二) 巽産業らは、平成元年五月ころから第二次転用地・第三次転用地及び右各土地から奥の山林に建設残土を積み上げ始め、この積み上げによって、第二次転用地及び第三次転用地がそのころ整地された。

(三) 巽産業及び斎藤雪子外二名が平成元年六月ころに第三次転用地につき譲受人を巽産業として農地法五条の許可を申請した。そこで、城山町農業委員会は、同年六月二三日に総会を開き、第三次転用地の隣地所有者で元農業委員である中里定夫も出席させて審議した。右審議の際、第三次転用地については資材置場として使用されているものの板囲いがされているだけで隣地に土砂が流出するような事故が発生するおそれがあるとの認識が示され、右中里は右転用について承諾をしなかった。しかし、同委員会は、右承諾がないことで不許可とすることはできないとして、右懸念を反映した新しい土地利用計画図を差し替えさせ、始末書に隣接者に被害を及ぼした場合には当方で全部処理する旨の記載をさせた上で(甲三三)、第三次転用地の農地法五条の転用許可につき許可相当の意見進達を行った。進達を受けた神奈川県知事は、同年六月二九日に巽産業及び斎藤雪子外二名に対し農地法五条の許可をした。

(四) ところで、巽産業らは、平成元年九月に至り残土を積み上げた場所に水が溜まったので、平成二年一一月ころまでその水抜きのために右残土の積み上げを中断した。巽産業及び新栄企画は、同年一二月ころから再び第二次転用地・第三次転用地及び奥の山林に大量の残土を積み上げ始め、右残土処理場からダンプカーが出る際そのタイヤに付いている泥が路面に落ちるなどして県道太井・上依知線の下倉橋手前付近等に土砂が流出したので、神奈川県津久井土木事務所は平成三年三月ころ、巽産業に対し早急に清掃するよう注意した(乙ハ四七、四八)。

(五) 一方、第一次転用地は地目変更登記後ほとんど放置されたままであったが、巽産業らは平成三年五月ころから第一次転用地にも残土を積み上げるようになり、被告城山町は同年六月二四日ころ第一次転用地における残土の積み上げを確認し、被告神奈川県もその頃認識するに至った。

(六) そして、平成三年八月八日に至り、本件各土地への本件残土崩落事故が発生した。右事故により残土が本件各土地や県道太井・上依知線に流出して、右県道の片側車線が通行止めになるなどの被害が生じ、神奈川県津久井土木事務所はそのころ巽産業に対し安全対策や予防措置を施すよう通知した(乙ハ四九)。

原告らは、右のように本件各土地内に土砂が流入し、今後も第一次転用地において残土が崩落する危険性があり本件建物に居住し続けることは安全性に問題があると判断し、まず半月間ほど知人宅に避難し、次いで同年九月一日から被告城山町の提供した教職員住宅に避難した。平成四年四月ころ巽産業及び株式会杜ナカタニを相手方として相模原簡易裁判所に被害の回復を求める民事調停を申し立て、その調停途中の同年九月二五日に巽産業の手により本件各土地に流入した残土の搬出が実施された。

(七) 一方、平成三年九月一九日に至り台風のため、巽産業らが設けた残土処理場から旭山九七一番地イ地先の水路に土砂が流出した。これに対し城山町長は、同年一〇月一一日及び同年一〇月二九日、巽産業に対し、原状回復と土砂崩落防止措置をとるように通告した(乙ニ一三、一四)。

また、同年一〇月七日にも、巽産業らが設けた残土処理場内で残土が崩落し、同年一〇月一三日、右残土処理場の第二次転用地及び第三次転用地付近から小川工業株式会社の社員寮及び県道太井・上依知線に土砂が流出した。その結果、小川工業株式会社の寮の一階等が土砂で埋まり、右県道の小倉橋から高田橋の間が全面通行止めとなるなどの被害が生じた。県道に被害が生じたことから、神奈川県津久井土木事務所は同年一一月初め巽産業に対し防災、安全対策等の措置を講ずるよう勧告した(乙ハ五〇の1ないし3)。なお、巽産業は、同年一二月五日、城山町長及び神奈川県津久井地区行政センター所長に対し、同年八月八日及び同年一〇月一三日に生じた土砂流出に関し、危険防止措置を行う旨の誓約書(乙ハ九、乙ニ一二)を提出するとともに、平成四年中に小川工業株式会社等に対し被害を弁償した。

(八) これに先立つ平成三年七月一六日、巽産業は知事の指導により、森林法一〇条一項所定の伐採届出書及びてん末書を提出した(乙ハ五、六)。

そこで、被告神奈川県は、同年八月一二日、巽産業の立会の下に残土の積み上げを行っている区域の森林部分の面積(〇・八二ヘクタール)を測量し、その結果に基づき神奈川県津久井地区行政センター所長は、同年八月二七日、巽産業に対し、右盛土行為が地域森林計画の対象区域で行われていること・右区域に係る面積が一ヘクタールを超える場合は知事の許可が必要であること・土砂の流出防止対策を万全にする旨の通知をした(乙ハ七の1ないし3)。

被告神奈川県は同年一〇月一五日、巽産業の立会の下、残土の積み上げを行っている区域の森林部分のうち拡大部分の面積(〇・八三ヘクタール)を測量し、その結果神奈川県津久井地区行政センター所長は、同年一〇月二四日付けで、巽産業に対し、同社が行っている盛土行為につき、森林法五条に基づく地域森林計画の対象区域に係る面積が一ヘクタールを超えているので所定の手続をとるよう通知をした(乙ハ八の1ないし3)。巽産業は同年一一月二九日、被告神奈川県に対し株式会社ナカタニからの土地使用承諾書及び残土処理承諾書(甲一三の2、3)を提出した。また、巽産業は、国有地の保安林にまで開発し残土の投棄を行ったため、同年一二月三日、平塚営林署長に対し国有保安林内の違法行為について原状回復する旨の誓約書を提出した。平塚営林署職員が同年一二月一三日、国有林内の巽産業らの違法行為区域を測量した結果、その面積は〇・五二ヘクタールあり、同署は同日境界杭を復元した。

(九) そして、神奈川県知事及び神奈川県津久井地区行政センター所長は、平成四年三月二四日、巽産業に対し、旭山九六八番地ほかにおいて行っている盛土行為につき、森林法一〇条の二及び同法三四条二項に違反しているとして中止を勧告した(乙ハ一〇の1ないし3)。また、平塚営林署職員が同年五月一二日国有林内の巽産業らの違法行為区域を測量した結果、面積は〇・七一ヘクタールに拡大していた。

神奈川県知事は、同年五月一九日ころ民有保安林(株式会社ナカタニ所有)においても違法行為が行われていることを認識し、同年七月一六日株式会社ナカタニに対し残土投棄行為者に関する照会文を送付し同年七月二二日に回答があった。再度、知事は同年八月二四日、巽産業に対し、右会社が旭山九六八番地ほかにおいて行っている盛土行為につき、森林法一〇条の二及び同法三四条二項に違反しているとして中止を勧告し(乙ハ一一)、株式会社ナカタニに対し中止するよう指導を依頼した。しかし、巽産業らは盛土行為を止めなかったので、知事は同年九月一四日巽産業に対し、右区域において行っている盛土行為につき森林法一〇条の三及び同法三八条二項に基づき中止を命じ(乙ハ一二)、更に同年九月二八日、森林法違反により刑事告発することがある旨通知した(乙ハ一三)。そして、知事は、同年一一月二日、巽産業に対し、右会社が紅葉山九七八-イ番地ほかで行っている盛土行為についても、森林法一〇条の三に基づき、中止を命じた(乙ハ一四)。

(一〇) 右中止命令にもかかわらず、巽産業らは違反行為を継続したため、神奈川県知事は平成四年一一月二五日、巽産業の森林法違反につき刑事告発を行った(乙ハ一五)。これに対し、巽産業及び新栄企画は、同年一二月一日及び同年九月一四日付けの知事の中止命令に従って防災対策を行う旨誓約書(乙ハ一六)を提出した。

(一一) 一方、神奈川県知事は、右に先立つ平成四年六月五日、小倉山自然環境保全地域内において、残土投棄に係る立入調査を実施し、右区域内に残土が投棄されていることを現認し、巽産業、新栄企画に対し、右区域内に立ち入らないことと原状の回復をすることを指導した(乙ハ三三)。また、同年六月二九日には巽産業に対し、小倉山一九〇六-一の一部で行った盛土行為につき、自然環境保全条例に違反しているとして、土砂の搬入の禁止等を勧告した(乙ハ三四の1、2)。更に、同年九月二二日には巽産業に対し、小倉山一九〇六-一の一部で行った盛土行為につき、自然環境保全条例一三条に基づき盛土等の土地の形質変更行為の中止を命じた(乙ハ三五の1、2)。

(一二) 神奈川県知事は平成四年八月一四日巽産業に対し、旭山九七〇番地先水路で行っている盛土行為につき、右水路が国有財産であるとして中止及び原状回復を勧告しようとしたが、転居先不明で郵送できなかった(乙ハ五三の1ないし5)。

城山町長も同年九月二四日巽産業に対し、旭山九七一番イ地先道路ほかで行っている盛土行為につき、右道路等が城山町の所有財産であるとして中止及び原状回復を勧告した(乙ニ一五)。これに対し巽産業及び新栄企画は、同年一二月一日、被告城山町に対し、右中止勧告に従って防災対策を行う旨誓約書(乙ニ一六)を提出した。

(一三) 一方、被告城山町は、平成三年一一月六日葉山島下倉地区残土問題対策委員会を設置し、同年一二月二五日城山町総合環境保全条例(甲一七の1)を制定し、平成四年六月一日施行した。被告城山町は右施行に先立つ同年五月二八日、巽産業に対し第一次転用地等の工事を行う上で右条例の許可が必要となるので条例の許可手続を進めるよう指導したところ、巽産業は同年六月六日、条例の許可手続につき事前相談書を提出したものの、右許可を受けるには至らなかった。なお、第一次転用地における残土積み上げは平成三年八月八日の本件残土崩落事故以来、平成七年二月ころにされた一時的なものの他にされなかった。

(一四) 前記(一〇)の森林法違反の刑事告発の結果、巽産業の代表取締役吉澤保及び新栄企画の代表取締役山下哲夫は平成五年一月三一日に同法違反容疑で逮捕され、吉澤保は平成五年二月一〇日付けで罰金五〇万円に処せられ、巽産業らの残土積み上げもそのころ中止した。また神奈川県津久井地区行政センター所長は、平成五年二月一二日、巽産業が行っている盛土行為について、森林法違反により中止命令が出されている旨の看板を設置した(乙ハ一七)。

3  原告らは、知事が第一次転用地について農地法八三条の二に基づく農地法五条許可の取消し・原状回復命令等を発布しなかったことを違法とし、その理由として請求原因2(一)(2) <1>(許可条件違反)・<2>(詐欺等の不正な手段により許可を受けた)・<3>(脱法行為)・<4>(転用事実確認の杜撰)・<5>(残土崩落の危険の発生)の事由を主張する。

農地法八三条の二は違反転用がなされた場合に農林水産大臣又は都道府県知事が許可の取消し・原状回復命令等の規制権限を行使できる旨を定めた規定である。本件において原告らは、第一次転用地からの残土崩落の危険により損害を受けたことを理由に右規制権限のある神奈川県知事ひいては被告神奈川県に対しその賠償を求めているが、これは、第一次転用地につき農地法五条の許可をした知事は原告らとの間で農地法八三条の二に基づく規制権限を行使すべき法的義務があり、これを怠った知事の不作為は原告らとの間で国家賠償法一条一項の適用上違法であるという主張と解される。

ところで、神奈川県知事が農地法八三条の二に基づく規制権限を行使することにより原告らに生じたとされる損害の発生を仮に防止できたとしても、右の権限を行使しなかったことが直ちに国家賠償法一条一項の適用上違法と評価されるのではなく、本件各土地付近の具体的事情及び農地法八三条の二に定めた規制権限の性質等に照らし、右権限の不行使がその許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くと認められるときに限り、原告らとの間で同項の適用上違法となると解するのが相当である。

そこで、以上の見地に立って、原告らの主張を個別的に検討する。

(一) まず原告らは、第一次転用地の農地法五条の許可は資材置場及び駐車場として利用することが条件としてなされたものであるが吉澤保らは右許可取得後から資材ではなく残土を大量に持ち込み続けたものであり、右は農地法八三条の二第二号(許可条件の違反)に該当すると主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、昭和六三年八月二六日になされた右許可は譲渡人齋藤文吾・譲受人日成建設株式会社とするものであり、同社は同年九月一六日ころの転用確認時においてはともかくも転用目的である資材置場等として利用されていたのであり、第一次転用地は、その後資材置場等として十分利用されずに放置されていたが、三年近く経過した平成三年五月ころに至り、吉澤保が代表取締役を務める巽産業らにより同土地に対し残土投棄が開始されるに至ったものである。

右事実によれば、知事から許可を受けてからともかくも三年近くの間、資材置場類似の使用方法が継続したことになるから、右使用方法が許可条件違反といえるか疑問があり、少なくとも、前記認定のとおり、第一次転用地は許可前は地目こそ畑と表示されていたものの実質は山林ないし梅林で農業公共投資がなされていない土地であったのであるから、農地法八三条の二の規制権限を行使しないことが著しく不合理であるとまではいえないというべきである。

原告らの右主張は理由がない。

(二) 次に原告らは、吉澤保らはそもそも残土投棄場所とする計画であったにもかかわらず、その意図を秘して農地法五条の許可を受けたものであり、右は農地法八三条の二の四号(詐欺等の不正な手段により許可を受けた)に該当すると主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、第一次転用地につき昭和六三年八月二六日に知事から農地法五条の許可を受けたのは、譲渡人斎藤文吾・譲受人日成建設株式会社であって、吉澤保らではないから、原告らの主張はその前提を欠くといわなければならない(第一次転用地が許可後三年近くの間資材置場類似の使用方法がなされたことは前記(一)説示のとおりであるから、日成建設株式会社が許可申請当初から残土投棄場所とする意図であったと認めることも困難である。)。

原告らの右主張は理由がない。

(三) 次に原告らは、第一次転用地の所有権移転登記が地目変更登記直後の昭和六三年九月二九日瀬谷総合開発株式会社に対し経由していることから、右事実は事業実施の確実性の審査を全く無意味にならしめる脱法行為であって、右事実が判明した時点で右許可を取り消すべきである旨主張する。

しかしながら、農地法五条の許可において事業実施の確実性を審査するのは当該転用に係る事業が申請どおり行われるかどうかを判断するためのものであるところ、前記認定のとおり、第一次転用地は資材置場等となったとの転用事実が確認されているのであり、右移転登記は転用に係る事実確認後のものであるから、右移転登記の事実が判明したことの一事をもって右許可を取り消すことはできないというべきである。

原告らの右主張は理由がない。

(四) 次に原告らは、転用事実の確認が極めて杜撰であり、第一次転用地は資材置場となったことはないから、異なる事実が発生すれば右許可を取り消すべきである旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、第一次転用地は地元農業委員により昭和六三年九月一六日転用事実が確認されたのであり、杜撰であったとする証拠はないから、原告らの主張はその前提を欠くというべきである。

原告らの右主張は理由がない。

(五) 次に原告らは、第一次転用地に対する巽産業らの残土投棄により平成三年七月の時点で残土崩落の危険が生じたのであるから知事は許可を取り消して原状回復命令を発布すべき義務があった等と主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、第一次転用地に残土が積み上げられ始めたのは残土崩落事故の起きた平成三年八月八日から約三か月前の同年五月ころであり、被告らが右積み上げを確認したのは同年六月二四日ころであること、第一次転用地は里山の一部をなす傾斜地で昭和六三年八月二六日の農地法五条許可以前は登記簿上の地目こそ畑であったものの現況は山林(七九九番)又は梅林(八〇〇番一)であり、農用地区域外で農業生産力は低く農業に関する公共投資等の対象となったこともなく、「市街化調整区域における農地転用許可基準について」(昭和四四年一〇月二二日付農林事務次官通達)における乙種第三種農地に該当して、農地法五条の許可が原則として肯定される地域であったこと、右残土積み上げを始めたのは農地法五条の許可を受けた日成建設株式会社ではなく、同社とは法律上の人格を異にする巽産業ないし吉澤保らであったこと、農地法八三条の二による権限の発動は「土地の農業上の利用の確保及び他の公益並びに関係人の利益を衡量して特に必要があると認めるとき」になされるべきであると定められていること等の事情があり、これらの事情を総合勘案すると、本件残土崩落事故が発生する直前の平成三年七月ころに知事が日成建設株式会社等に対する農地法五条の許可を取り消さず、かつ同会社ひいては巽産業ないし吉澤保らに対し原状回復命令等を発布しなかったとしても、知事の右権限不行使がその許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くとは認められないというべきである。

原告らの右主張は理由がない。

4  以上によれば、知事が農地法八三条の二に基づく許可取消し等をしなかったことの違法をいう原告らの主張はいずれも理由がないことになる。

三  自主復旧計画における指導の主張について

1  前記第一、二1掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、巽産業が自主復旧計画の申し出をした平成五年二月ころ以降の事実関係は次のとおりであることが認められる。

(一) 巽産業らは平成五年二月ころ関係機関から中止命令を受けた区域を自主的に復旧することを申し入れた。これを受けた被告らは意見調整等を行い、第一次転用地の指導は被告城山町が分担することとなった。しかし、第一次転用地の自主復旧計画は結局策定されるところとならなかった。

一方、神奈川県知事は、同年一〇月一五日に旭山七七七-イ番地等における復旧工事計画を(乙ハ二一)、同年一一月二六日に旭山九七〇番地先水路における復旧工事計画を(乙ハ五四の1、2)、平成六年一月一三日に小倉山一九〇六-一における復旧工事計画を(乙ハ三六の1ないし3)、いずれも承認した。また、城山町長も平成五年一一月八日に被告城山町管理に係る道路における復旧工事計画を承認し、被告神奈川県管理に係る水路における復旧工事計画案について同意した。

(二) 巽産業らは、平成六年一月ころから、前記自主復旧計画の承認を得た区域における残土の積み上げを再開し、右意図を秘匿して右各自主復旧計画に必要な資材として資材砂の搬入許可の申請を行った。

被告神奈川県は同年二月二日これを許可したが、同年二月三日の立入調査により承認外の資材が搬入されていることを確認した。

巽産業は同年二月七日、被告城山町に対し、資材搬入届けを提出し、被告城山町は同日現場調査を実施した。

被告らは同年二月二一日承認条件の遵守をするよう巽産業を指導し、被告神奈川県は同年三月二日に前記搬入許可を取り消した。さらに被告らは同年三月一六日に承認条件の遵守をするよう通知したが(乙ハ五五、乙ニ一七)、その一方で、巽産業は、同年四月一一日、残土処分場の復旧工事計画の現場指導において被告神奈川県の職員が現場を写真撮影したことにつき因縁をつけ、右職員を巽産業の事務所に軟禁するというトラブルを生じさせた(乙ハ二二)。

(三) 神奈川県知事、神奈川県津久井地区行政センター所長及び城山町長は、平成六年九月一九日、巽産業に対し、土砂搬入行為が各復旧工事計画に付された条件違反であり、中止するように勧告した(乙ハ二三、二四、三七の1ないし3、三八の1、2、五六の1ないし3、五七の1、2、乙ニ一七、一八)。さらに、神奈川県知事は、同年一〇月七日、計画に従って工事が施工されておらず、条件にも違反しているとして各復旧工事計画の承認をいずれも取り消した(乙ハ二五、三九の1、2、五八)。城山町長も同日、被告城山町管理に係る道路について計画に従って工事が施工されておらず条件にも違反しているとして復旧工事計画の承認等を取り消した(乙ニ二〇、二一)。

城山町長は、同年一一月二日・同年一一月二二日及び同年一二月一五日に、巽産業に対し、城山町総合環境保全条例に基づき旭山九七〇番地ほかの土地について、埋立て等の中止を命じた(乙ニ二二ないし二四)。

(四) 神奈川県知事は、平成七年四月一二日・同年五月二五日及び同年七月二七日、巽産業に対し、同社が行っている開発行為につき、自然環境保全条例八条、森林法一〇条の二及び同法三四条二項に違反しておりまた公共用財産への土砂搬入であるとして、中止を勧告した(乙ハ二六ないし二八、四〇の1ないし4、四一、四二の1、2、五九の1ないし3、六〇、六一の1、2)。

城山町長は、平成七年四月一二日・同年五月二五日及び同年七月二七日、埋立て行為の中止を勧告した(乙ニ二六ないし二八)。

(五) しかし、前記各中止命令及び各中止勧告にも巽産業らは従わなかったので、神奈川県知事は、巽産業に対し同社が旭山七七七-イ番地ほかで行っている開発行為につき弁明の機会を与えた上で、平成七年九月一四日、自然環境保全条例一三条・森林法一〇条の三及び同法三八条二項に基づき中止を命じ(乙ハ二九ないし三一、四三の1ないし3、四四の1、2、四五の1、2)、同年一〇月一九日、巽産業の自然環境保全条例違反・森林法違反につき刑事告発を行った(甲四五、乙ハ三二、四六)。そして、神奈川県知事、城山町長及び平塚営林署長は、同年一〇月二〇日に巽産業が設けた残土処理場において、残土搬入の即時中止を求める連名のビラを配布した(乙ニ二九)。その後、賭博開帳図利罪容疑で既に逮捕されていた巽産業の代表取締役である吉澤保は、平成七年一一月二〇日国有林についての不動産侵奪罪容疑で再逮捕され、そのころ巽産業らは残土積み上げを中止した。そして、吉澤保は、平成九年一一月二〇日横浜地方裁判所で国有林についての不動産侵奪罪等により懲役五年に処された。

(六) なお、原告らは、平成七年九月六日に横浜地方裁判所相模原支部に巽産業らを被告として損害賠償請求訴訟を提起し、同支部から回付を受けた当庁において、平成一一年七月九日、原告美子の請求については巽産業らが金一億円を連帯して支払う旨の和解が成立し、原告秋夫、同美枝子の各請求については巽産業らが認諾し、右訴訟は終了している(甲八六の1、2)。

2  原告らは、被告神奈川県が巽産業らから自主復旧計画を承認するに当たって十分な指導をせず第一次転用地にも新たな残土の投棄を許した違法がある等と主張する。

しかしながら、平成三年八月八日の本件残土崩落事故の後、平成七年二月ころ以外に第一次転用地に残土を積み上げられたとする証拠としては甲五二(原告美子の陳述書)があるが、同証拠は、これを否定する甲一六の4ないし8、証人吉澤保の証言、原告加藤秋夫の本人尋問の結果等に照らしにわかに措信し難い。そして、前記第一、二1(三)認定のとおり、第一次転用地に平成七年二月ころ一時的に残土が積み上げられたが、同年八月ころまでに一時的に積み上げた残土等は残土処理場の他の地域に撤去・移転され、第一次転用地に積み上げられた残土の全体量は同年一〇月の時点で同年二月当時よりも少なくなっている。

そうすると、右事故後にも第一次転用地に残土が積み上げられて危険が増大したとする原告らの主張はその前提を欠くことになる。

のみならず、前記第一、二1掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば、巽産業らは、右事故後は平成七年二月ころを除いて新たに残土を積み上げることはせず、平成四年ころに本件各土地と第一次転用地との間にH鋼と鉄板により擁壁を設け、その後それまで積み上げた残土を同年八月ころまでに少なくする工事も行っていることが推認できる。

そして、平成五年二月ころに巽産業の吉澤保が自主復旧計画の申し出をした後の経緯は前記1認定のとおりであり、被告神奈川県の担当職員がなした行政指導にも違法と解される所為は見当たらない。

原告らの右主張は理由がない。

四  告発の不作為に関する主張について

原告らは、吉澤保らの残土投棄に関し、早期に又は被疑事実の選択を誤らずに刑事告発をすべきであったのにこれをしなかったこと等が違法である等と主張する。

しかしながら、何人でも犯罪があると思料するときは告発をすることができ(刑事訴訟法二三九条一項)、告発の内容、時期等は原則として告発人個人の自由な意思により決せられるものというべきであるから、各公務員において告発を行うことが個別の国民との関係で法的に義務化することはないのであって、右不作為が国家賠償法一条一項の適用上違法と評価される余地はない(なお、刑事訴訟法二三九条二項は公官吏の告発義務を規定しているが、右義務は公官吏が国ないし公共団体に対して負担するもので、私人たる原告らに対して負担するものではない。)。

原告らの右主張は理由がない。

第三被告城山町の違法原因の有無

一  第一次転用地への農地法五条許可に関する進達について

知事による第一次転用地への農地法五条許可は、そのほとんどが被告城山町の機関である城山町農業委員会からの進達に基づくものであり、同委員会の進達の違法をいう原告らの主張は、許可をなした知事に対する違法事由とほぼ同一であるから、前記第二、一の説示を引用する。

二  知事が農地法八三条の二に基づく許可取消し等をしなかったことに加担したとの主張について

1  第一次転用地に対する農地法八三条の二に関する事務も、知事は城山町農業委員会と一体になってこれを行ってきたのであり、これに関する原告らの主張は被告神奈川県に対するものと次の2を除き同一であるから、前記第二、二の説示を引用する。

2  なお、原告らは、城山町農業委員会は遅くても平成三年六月には知事が農地法八三条の二に基づく規制権限を行使すべき事実を知り得たのに知事に対する報告をしなかったことが違法である等と主張する。

しかしながら、前記第二、二で説示したように知事には規制権限を行使すべき法的義務はなかったのであるから、農業委員会の報告の遅れを独自の違法事由と解する実益はない。

原告らの右主張は理由がない。

三  自主復旧計画及び告発に関する主張について

1  被告城山町に対する自主復旧計画及び告発の違法に関する原告らの主張は、次の2を除き被告神奈川県に対するものとほぼ同一であるから、前記第二、三、四の説示を引用する。

2  原告らは、第二次残土投棄に際し、城山町長が城山町総合環境保全条例に基づく原状回復命令を発布しなかったこと等が違法である旨主張する。

しかしながら、前記認定のとおり、平成三年八月八日以降、平成七年二月ころを除いて第一次転用地に残土は積み上げられておらず、平成七年二月ころに一時的に積み上げられた残土等も同年八月までに巽産業によって撤去され、一方、巽産業らは平成四年ころに第一次転用地と本件各土地の境界付近にH鋼を打ち込み、木製の擁壁を鋼鉄製に代えるなどして第一次転用地の安全対策を一応行い、被告神奈川県も平成八年八月九日から同年九月二日にかけて一定の防災工事を行ったというのであるから、第一次転用地から本件各土地への土砂流出の危険性は平成三年八月八日当時に比較し減少しているというべきであって、このような状況の下で城山町長が同条例に基づく原状回復命令を発布しないことがその許容される限度を逸脱して著しく合理性を欠くとまでは認められないというべきである。

原告の右主張は理由がない。

第四結語

以上によれば、その余について判断するまでもなく、原告らの請求は理由がない。

(裁判長裁判官 中野哲弘 裁判官 板垣千里 裁判官 田中寛明)

別紙物件目録<省略>

別紙図面(一)~(三)<省略>

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